2007年03月13日(Tue)

家康公のお雑煮

お正月もずいぶん前に過ぎて
桜の話題がでてくる季節にお雑煮の話題は
ちと、野暮ですな。


でも、昨日、グルメな家康公と言う話を
ちょいとフォローさせてもらいます。


なんでも、家康公は、食中毒で亡くなったとか、...

これは、なんか、お釈迦様に似ていなくもない。


鯉の天ぷらを食べたそうですが
今風の、衣で揚げた、天ぷらじゃないでしょう。

鯉のすり身を練って、薩摩揚げみたいなものだったか。

これに関して、くわしい文献は無いようです。


しかし、江戸前の天ぷらの紀元は、分かっているようですよ。


上方では、魚のすり身を練って油に揚げたのを
てんぷらと呼んでましたね。


それが、衣を付けて、油でさっと揚げるのを考案した人がいます。


上方から下ってきた利助という板前さんがその人。

海老や魚の切り身を櫛に刺して、衣を付けて揚げます。

この利助さんの看板を、考えたのが
戯作者の山東京伝(さんとうきょうでん)。


山東京伝は、利助さんのお店(きっと屋台)
の看板に、天麩羅の字をあてて書きました。

つまり、

からっと揚げるは、天に通じます。

麩(ふ)の元になる小麦粉を使う。

羅は、薄い衣ですから、...

小麦粉の薄い衣をつけて、油で揚げるさまを
字であらわしたわけす。

と言っても、これが事実かどうか、さだかじゃないそうです。

 参考文献:「お江戸風流散歩道」杉浦日向子


おっと、なんか、お題からえらく道がそれました。

お雑煮の話ですよね。



東京で、一般的なお雑煮は

すまし汁に、鶏肉、三つ葉でもあしらえ
焼いた角餅が入っているものですよね。


これは、家康公が、貧乏で、つらい時代を
思い起こさせるために、

お正月は
質素なものを食べようと、始めたらしいです。


まっ、私のように、

カレーライスがごちそうだった時代に
幼年、少年期を過ごした人には、理解できるでしょう。

年中、お腹をすかせていましたっけ。