2007年03月15日(Thu)

お天道様と米の飯



落語の「唐茄子屋問答」に出てくる若旦那は
吉原通いが高じて勘当されますが

そん時の捨てぜりふに

「お天道さまと、米の飯はついてまわらぁー」

と、啖呵をきって家をあとにする。


話の筋として、

付いて廻ったのは、お天道さまだけだったようです。


ところが、どっこい
江戸の町じゃ、米の飯も

なきゃーないで、簡単に手に入る。

と言っても、ものもらいをするわけじゃない。



ある日、ある時、ある長屋で

カカアが

「ねー、おまえさん、明日のお米がありゃーしないよー」

と嘆く。


そばに寝っ転がっていた、亭主が
むくっと起きあがって、表に出た。


「米つこうか、薪わろうか、風呂焚こうか」

と、言いながら町内を歩けば、どこからか
必ず、声がかかったそうな。

これで、米代を稼ぎ、翌朝のご飯に間に合わせる。


川柳にこういうのがあります


 椀(わん)と箸を 持って来やれと 壁をぶち


壁と言っても、板張りでしょうが

どんどんと、叩いて、空きっ腹をかかえて
ごろ寝しているおとなりさんに声がかかる。


まっ、その日暮らしと言われてもしょうがないが

こう、のんびりした生活を、世知辛い世に生きる
身としては、やってみたいものです。



お地蔵様のお供え物は、行き倒れそうな
旅人のためにあったと言われています。

旅の途中、路銀を使い果たしても
お地蔵様の前に行けば、空腹を満たせた。


ところで、お稲荷様のお供えは
勝手に取ってはいけないらしい。

いただく際は、お返しの約束をして
しかも、ちゃんと約束をはたさなきゃならない。

現世ご利益の神様である、お稲荷様だからだそうだ。


写真は、先月(07年02月17日)初午のお祝いをした
日本橋三丁目三番地にある、於満稲荷さま。

お稲荷さまの由来は、こちらです。