2007年03月19日(Mon)
江戸の水
さて、川柳に
本郷も かねやすまでは 江戸の内
てーのが、あります。
「かねやす」とは、店名で、今でも本郷三丁目の交差点に
店を構えていますね。
今は、洋品店ですが
江戸では、乳香散(にゅうこうさん)というハミガキ
を売っていました。
享保(1716〜35)年間、兼康祐悦(かねやすゆうえつ)
と言う口中医(歯医者さん)が、乳香散を作ったそうです。
その良さが、口コミで江戸中に広がり
たいそう繁盛したそうです。
そりゃ、今の代まで続くんだから
大したものです。
江戸で、ハミガキがあったなら
化粧品もあったろう、....??
はい、ございましたよ。
紅や白粉(おしろい)は、下りものと言って
京都や大阪から江戸に下ってきました。
「雲井香(くもいこう)」という香水も下りもので
江戸の女性に大人気でしたねー。
ひとつ江戸原産の化粧水がございまして
名前を「江戸の水」って言います。
これを、作って売ったのが
あの、有名な“式亭三馬”です。
式亭三馬(1776〜1822)
浅草生まれの戯作者(げさくしゃ=小説家)。
代表作に、「浮世風呂」「浮世床」がある。
式亭三馬さんは
咳どめ薬の「仙方延寿(せんぽうえんじゅたん)」
の関東売弘所(うりひろめじょ=地域代理店)をやっており
自前で、「江戸の水」を売り出したんですな。
しかも、それを自作のなかで宣伝するから
えらく売れた。
同じく戯作者で浮世絵画家の
“山東京伝(さんとうきょうでん)”(1761〜1816)
は、「読書丸」という薬を売ってましたねー。
また、「南総里見八犬伝」の作者
“曲亭(滝沢)馬琴”(1767〜1848)も
「奇応丸(きおうがん)」や
「神女湯(しんにょとう)」を
副業として、売っていたそうな。
どちらさんも
本業顔負けで、薬が売れたそうです。
私も、ここいらで、ひとつ本でも
書いて、頭の良くなる薬とかでも
宣伝しますか?